言葉の散歩道



ことばの散歩道 ひな祭りと十字架

 大雪の日、子供とそりすべりをしました。遊び終わって、家に入る時、「雪をはらってから入りなさい」と子供に注意しました。日本では「祓え(はら)」といって、身についた罪や汚れをはらい除く行事が伝わっています。やり方は大体、川や海の水で身を清める、いわゆる

(みそぎ)ということをします。禊は身の汚れをはらうことです。その中で、「大祓え(おおはら)」という神事

(祭り)が伝わっています。これは天皇が行なうもので、それが終わると天皇が着ていた麻の衣を小舟に乗せて、加茂川に流しました。舟は波の中に消えるまで見届けられました。国民の一切の罪汚れを、天皇の衣に負わせて、川に流すということをするわけです。

 一方、庶民の間では、神社の神主が「人形(ひとがた)」に切った紙に、人々の罪汚れを負わせて、川や海に流しました。また、ひな祭りには、「流しびな」といって、ひな人形に罪を負わせて、やはり、川や海に流し、遠くへ追いやるわけです。何かに人々の罪汚れを託して、遠くに追いやるという思想がみんな共通しています。ところで、人の罪汚れの身代わりになるものを、英語でスケープゴートといいます。訳すと「贖罪(しょくざい)のヤギ」とか「贖い(あがな)のヤギ」です。身代わりになるものに人々の罪を負わせて、遠くに追いやるという思想は、聖書にある思想と似ています。古代イスラエルの人々が、自分たちの罪を雄ヤギに負わせて荒れ野に追いやり、ヤギが見えなくなるまで見届けました。このとき、そのヤギと一緒に人々の罪も見えない所に運ばれ、神ももう人々の罪をご覧にならないと感謝しました。そういう儀式を大祭司と呼ばれる人が、毎年行いました。日本の大祓えは毎年630日と1231日に行われます。一年の半分の区切りと新年を迎える日にあたります。イスラエルには新年が二つあって、農業暦の新年(71)と宗教暦の新年(11)です。農業暦の新年に、贖罪のヤギが人々の罪を負って不毛の地へ追いやられます。そして、宗教暦の新年に、実はイエス・キリストが十字架の上で人々の罪を負って、身代わりの死を遂げています。聖書はキリストを「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」と呼んでいます。全世界の人々の罪を負って身代わりになる小羊がイエス・キリストであるということです。体についた汚れは洗えばなくなりますが、心の罪汚れは、たとえ毎日繰り返して誰れが祓いをしても流すことはできません。聖書は、ただイエス・キリストの血潮だけが、すべての罪から私たちをきよめ、「私たちすべての罪を海の深みに投げ入れる」ことができると力強く宣言しています。川の流れに浮かぶ美しい流しびなに、ゴルゴタの丘に立つ荒削りの十字架を重ね合わせて見る時、長い時のへだたりを経ても、人はきよくなりたいという真実の願いと、歴史のロマンを感じさせてくれます。シャローム(Peace be with you in Jesus.)

Calgary Japanese Gospel Church 日本語部牧師 谷口洋一