| 言葉の散歩道 |
![]() |
|
ことばの散歩道 神辺―神のしずまりおられるところ 秋の終わり頃から時雨が降ったりやんだりし始めて、カルガリーもこれから厳しい冬を迎えます。昔の人は、時雨が木々を紅葉させると考え、紅葉が川面を流れるのをみて、「ああ、山のほうでは時雨が降ったんやろか」と情緒深く思ったりしました。 ”竜田川もみじ葉流る神辺の、みむろの山に時雨降るらし” これは古今集にある歌ですが、「神辺」という言葉は、「神のしずまりおられるところ」という意味です。日本は正に、神国として「神の道(神道)」を歩み、神霊がしずまりおられる国でした。 さて、現在、日本に来るユダヤ人の多くの方が、日本の各地にある神社を見て、驚くそうです。それは、日本の神社の構造が、古代ユダヤの神殿とあまりにもよく似ているからです。神社は、その昔ユダヤから伝わったものなのでしょうか。ユダヤ人は、神社で行われる行事や神官の服装に至るまで、その類似性を興味深くみています。今回は、建物における共通点について、みていきたいと思います。 神社は、まず、鳥居という開放門を通って入ります。一方、古代イスラエル神殿にも、大きな二つの柱がありました。実は、鳥居の古い形も二本の柱だけでした。イスラエル神殿の入り口の門も日本の鳥居も、その昔、モーセ時代の過ぎ越しの祭りに起源を持つと言われます。家の戸口の二本の柱と鴨居に動物の血を塗り、中に入ってじっとしていたユダヤ人の家には、死の使いが入ってこないで過ぎ越していったという故事によります。鳥居が朱い色で塗られているのは、その時の身代わりの血の色を表しているのでしょうか。そして「鳥居」という言葉は、ユダヤ人のアラム語で、門を意味する語「TARAA」がなまったものではないかと、在日ユダヤ人は言っています。次に鳥居を入ると、左側に「手水舎」があります。イスラエル神殿の内庭にも、同じ位置に「洗盤」がありました。目的も同じで、参拝前に口をすすぎ、手足を洗って心身を清めるための場所です。日本でも昔は足を洗ったそうです。さらに奥に行くと、二頭の狛犬がいます。狛犬は、よく見ると実は犬ではなく、ライオンなのです。日本にいないライオンがなぜここに?そういえば、日本には「獅子舞い」という文化もありますね。イスラエル神殿の中には、ライオン像やレリーフがありました。最後に中心的建物を見てみましょう。神社の一番奥には、拝殿とその後ろにある本殿と呼ばれる二つの聖所があります。イスラエル神殿も、聖所とその奥の至聖所の二つの場所から成っていました。一番中心の本殿にあたる至聖所には、契約の箱(Ark of the
Covenant)が置かれていました。中にはイスラエルの三種の神器が入っていました。それは、モーセの十戒が書かれた石板と、マナの入った壷、祭司アロンの杖でした。一方、神社の本殿は、日本語で、文字通り「書籍の殿堂」を意味し、日本の三種の神器である、文字の刻まれた鏡と勾玉と剣がありました。それぞれ、これらの物は依代」と言い、そこに神の霊が降臨するのです。文字の刻まれた石板と鏡、マナと玉、杖と剣、そこに何かしらんの共通点と歴史のロマンを感じます。ちなみに、キリスト教では、十戒の書かれた石板は、神のことばであるキリストを、天から降ってきて人々を養ったといわれるマナは、天から遣わされて来た命のパンであるキリストを、アーモンドの花が咲いたという杖は、死から復活したキリストを、それぞれ象徴的に表したものでした。それではシャローム。(Peace be with you
in Jesus) カルガリー日系人福音教会牧師 谷口洋一
|