言葉の散歩道



ことばの散歩道 知られざる皇室の紋章「獅子と一角獣」 (その1)

 「徒然草」にこういうお話があります。グループで神社に参拝に来たところ、互いに向かい合っているはずの狛犬(こまいぬ)が、背中を向けて後ろ向きに立っていたので、一行の中の高僧が、「ああめでたや。この狛犬の立ちかたは、たいそう珍しい。深いわけがあることだろう」と涙ぐんで、「皆さん、このすばらしいものをご覧になって何とも思いませんか。なさけないことです」と言ったので、みんなも不思議がって、「本当に他のとは違っていますなあ。都へのみやげ話にしましょう」などと言うので、高僧は、もっと知りたくなって、わけ知り顔をした神官を呼んで、「きっといわれがあることでございましょう。少々承りたいものです」と言われたところ、「そのことでございます。またいたずらな子供たちがやったことで、けしからぬことでございます」と言ってもとのように置きなおして、さっさと行ってしまったので、高僧の感激の涙は、むだになってしまった。(第236段)

 思い込んだら百年目ではありませんが、過信は笑われても仕方がありません。「何事のおわしますかは知らねども、かたじけなさに涙こぼるる」とは日本人の宗教観の一面を言い表していて痛烈です。

 さて、今回は「狛犬」の話です。神社には、参道の両脇や拝殿の前に、一対の狛犬が座しています。狛犬、つまり犬とは言っていますが、実はライオン(獅子)なのです。もともと朝鮮半島の「高麗(こま)から来た犬」ということでそう呼んでいますが、朝鮮半島では、それは中国の犬(唐獅子(からじし))と呼ばれ、さらに中国ではペルシャの犬と呼ばれていました。岐阜県下呂町にある狛犬博物館では、狛犬のルーツは中近東であると解説されています。実際、中近東の古代神殿からは日本のような狛犬が多数発見されています。私は陶器の町である愛知県瀬戸市の出身ですが、そこの陶磁資料館にも外国の狛犬がたくさん展示されています。そもそも狛犬の最初の起源はと言えば、聖書に記されている、紀元前10世紀のソロモン王が建てた神殿の獅子のレリーフと、王宮の王座にあります。「その王座のひじかけの脇には、二頭の雄獅子が立っていた。また十二頭の雄獅子が、六つの段の両側に立っていた。このような物は、どこの王国でも作られたためしがなかった」この風習は中近東に広まり、シルクロードを通ってエジプトやペルシャ、インドに伝わり、中国、朝鮮半島、そして、日本に伝わりました。

 しかし、日本の狛犬の特徴は、他の国のものとは違って、向かって右側が「獅子」で、左側が「狛犬」です。今では、ふたつとも「狛犬」と呼んでいますが、前述の「徒然草」の中にも、両者は「獅子、狛犬、背むきてうしろさまに立ちたりければ」と、もともと左右は別のもので、はっきり区別されていました。日本にはいないはずのライオンの「獅子舞(ライオンダンス)」などがお正月にあるのも、海を渡って来た文化なのですね。

 では、左側に座している「狛犬」の正体は何でしょう。それは、実はユニコーン(一角獣)と呼ばれる想像上の動物です。あのキリンビールのラベルの「キリン」もユニコーンだそうですよ。

 京都御所は、明治時代になって皇居が東京に移る前の旧皇居ですが、その清涼殿にある天皇の御座の前には、ライオンとユニコーンの像が置かれていました。古くから皇室に伝わる図柄は、盾の中に皇室の紋章である菊の御紋と、その下に十二頭の小さな獅子(ライオン)が描かれており、その盾を左右からライオンとユニコーンが支えています。天皇家と神社で使われているライオンとユニコーンが、実は、長い歴史をさかのぼって見ると、聖書の世界から来ていたのですね。いやあ、歴史はロマンですね。今も神社によっては、左側の狛犬の頭には角がありますよ。お話の続きは、菊の御紋にまつわる謎といっしょに次回に。では、またシャローム(Peace be with you in Jesus.) カルガリー日系人福音教会 牧師 谷口洋一