| 言葉の散歩道 |
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ことばの散歩道 「一人相撲」 大相撲が日本の国技であることを知らない人はいません。東京両国国技館の初場所舞台が設けられているのもそのあかしです。これから桜前線とは逆方向に、東京、名古屋、大阪、福岡と奇数月に年六場所行われます。あなたのひいき力士は誰でしょうか。今回の話題は、歴史的にも最古の格闘技である相撲の起源についてです。ご存知のように、日本の相撲はふつうの格闘技と異なり、古くから、神道の神事と深くかかわりを持ってきました。そう言えば、子供の頃、夏になると、近くの神社の境内に相撲の土俵が作られ、名古屋場所のお相撲さんたちの稽古を見に行ったことがありました。今思い出すと、チョンマゲと着物姿が堂々として、りりしかったなぁ。 相撲に似た格闘技は、古くは古代メソポタミア(BC3000年)やエジプト中王国時代(BC2000年)にまでさかのぼります。日本では、日本神話にも相撲が登場する程、古いものですが、実は相撲に関する世界最古の記述は、聖書にあるのです。それを言うと、「またまた?!」と眉につばを付ける人がいたりして。 世界の色々な事始めが書かれている聖書の中の創世記という書に、「ある人が、ヤコブと夜明けまで格闘した」とあります。その「ある人」とは、実は天使でした。ヤコブの生涯にとって、このときの出来事は大事件で、何としてでも、自分を祝福してくださらなければ、決して離さない、神と戦うほどの熱烈な祈りと信仰の格闘だったのです。ヤコブはこのことがあって、天使からイスラエル(=神と戦う)という新しい名前をもらい、のちの子孫の祝福につながります。 瀬戸内海は、大三島にある大山祇神社では、旧暦の五月五日、「一人相撲」という神事が行われます。相撲は二人で行うものですが、それを一人で行うわけです。土俵の中に行司と一人の力士が立ち、見えない「ある人」と戦って迫真の演技を見せるそうです。相手に、本当に投げられたかのように、力士は投げられて見せます。目に見えないその相手とは神様だと言われています。見えない神様を相手に相撲をとるから、「一人相撲」なのです。ヤコブの相撲を連想させるものですね。 大相撲の横綱の綱とは「注連縄」のことで、相撲を取る力士の体は、一種のご神体、神の力が降臨する依代(媒体)となります。さらに言えば、この時、力士の体は神の霊が注がれる宮(神殿)となるわけです。また、力士が取り組む前に、土俵に塩をまくのも清めの意味がありますが、欧米人にはその意味がよくわかりません。聖書の民であるユダヤ人にはすぐ理解できます。なぜなら、物を清めるために塩が使われることが聖書に書いてありますから。 さて、あなたの今年の夢の行方が、自分だけ張り切り過ぎて猪突猛進となってしまって「一人相撲に終わる」ということがありませんように。では、また、シャローム(Peace be with you in Jesus) カルガリー日系人福音教会牧師 谷口洋一
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