| 言葉の散歩道 |
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ことばの散歩道 「まことの旅」 小雪のちらつく朝、小学生の娘を学校に送り出しながら、気軽に「じゃあ、またね」と彼女の背中に声をかけた。後ろ向きの頭だけがうなずいた。ふとその瞬間、私の中に、先日若くして急逝された方のことが、思い出された。朝、まったく健康でいた人が、夕べには帰らぬ人となった。特に家族には、これ以上の耐え難いことはない。突然、どうなってしまったのだろうかと混乱と嘆きのなかに突き落とされる。残された家族は泣き崩れるほかない。あるいは、一家の大黒柱である父親であれば、『泣いてはいけない』と歯を食いしばってじっと耐えるかもしれない。 “かりそめの別れと今日を思へども、いさやまことの旅にもあるらん” 俊恵法師 「新古今集」巻九 離別 (ほんのちょっとの別れだろうと、今日の別れを思っているけれど、さあどうだか。死出の旅(まことの旅)かもしれないのにね。) 聖書の中にも、子供を惨殺された母親たちの嘆きが記されている所がある。 「声ラマにありて聞こゆ。慟哭なり。いとどしき悲哀なり。ラケル己が子らを嘆き、子らのなき故に慰めらるるをいとう」 (文語訳マタイ2:18) この悲しみは、人からの慰めもいやがる深い淵からの嘆きだ。この箇所に書かれていることは、現在でも世界中の、戦場になっている町や村で起きており、また、平和な町の中でも起こり得ることだ。 かと思いきや、聞くところによると、先の大きな戦争が終わって今までに、三千万人の子供が死んでいるという。なんで、そんなに?母親のおなかの中で、堕胎という方法で殺された子供たちだ。一方で、子供を亡くした母親の涙を、もう一方で、母親(両親)を亡くした子供の涙を思うと、複雑な思いになる。人間の愛の可能性を考えてしまう。 私は日本にいた時、13年程、知的障害者の施設で働いていた。そこでは、障害を持って生まれた自分たちの子供が原因で、離婚した親御さんも少なくなかった。愛を誓って結婚したはずなのから、一緒に育てなければ…と批判するのは、その中に身を置かない者の言い草なのかもしれない。 クリスチャン作家の三浦綾子さんの「藍色の便箋」という本の中に書かれている話を思い出した。朝鮮戦争の時、戦場で怪我をしたアメリカの青年がいた。国の両親は、息子が死んだという知らせを受けていた。ところが、突然、死んだと思っていた息子から電話がかかり、「今アメリカに帰って来ている。病院で手当てを受けているから、終わったら退院ができるから迎えに来てほしい」と言う。父親はびっくりして、「すぐに迎えに行く」と答える。その時、青年が「お父さん、お願いがあるんだ。親友が両足を切断されたんだ。一緒に連れ帰って、面倒をみてくれないか」と尋ねる。父親は「二、三日ならそうしよう」と答える。「いや、一生面倒をみてやってほしいんだ」と言う。父親は「それはできない」と言って、そこで電話は切れた。両親が病院に駆けつけた時、院長から青年の遺品を手渡されたので、尋ねると、自殺したという。父親が遺体と対面すると、息子の両足が切断されていた…という話だった。 何か、愛のあり方を考えさせられる。順境の時、人は愛し合えても、逆境になった時、なお愛し続けていくためには、人間の愛は、どこまで耐えられるのか。限界はないだろうか。自分が大変な病気であることを知らないで平静でいることは普通のことだ。しかし、自分が末期がんだと知らされて、それでも平静でいられるためには、何か大きな信頼というか、人間の愛を越える、もっと大きなものが必要になる。 イエス・キリストの言葉「わたしはあなたを愛している わたしはあなたを決して捨てず孤児にはしません」それでは、お元気でまた、シャローム(Peace be with you in Jesus.) カルガリー日系人福音教会 牧師 谷口洋一
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