| 言葉の散歩道 |
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ことばの散歩道 子供の教育 「子を、その行くべき道にふさわしく教育せよ。そうすれば年老いても、それから離れることがない」(聖書) 先月号に続いて、聖書の「箴言」という格言集の中から拾ってみました。子育てについての言葉も多くあって、ユダヤ人の教育は、聖書に基づいていることが伺われます。「教育」という言葉は、ユダヤ人が話すヘブライ語では、ハノークと言います。「(神に犠牲を)ささげる、(家や神殿を)奉献する」という意味からきています。余談ですが、毎年十二月のユダヤ教の祭日、ハーヌーカ(神殿奉献記念祭)も、ハノーク(教育)と同じ語根をもつ言葉です。 聖書の教える教育観は、ちょうど、収穫物の初物を感謝して神に「ささげる」ように、その子を神に「ささげ」ることです。そして神はその子に合った、ふさわしい人生を用意しているわけですから、その子が、その子にふさわしい道を見つけ出し、それを歩むようになるまで、親は教育の責任があるわけです。 どのように子を育て上げるかについては、いろいろな箇所で具体的に書かれています。子供に対しては、「あなたの父と母を敬いなさい。そうすればあなたは幸福になり、地上で長く生きることができる」(モーセの十戒)があります。両親に対しては、「子供を怒らせてはいけません」とか「愚かさは子供の心につきもの。こらしめのむちがこれを断ち切る」があります。 私は、牧師ながら恥ずかしいのですが、これまで体罰肯定論者として、自分の子には、けっこう大きくなるまでスパンクしていました。しかし、体罰は幼い子供のある時期にのみ、正しいやり方ですれば効果があるということで、私の場合は、子供をいらだたせ、屈辱を与えただけに終わりました。あとになって、行き過ぎたことを後悔し、何度も子供と神に赦しを求めました。 そこで、私の苦い体験から、子供への罰に対する有識者の意見を参考までに申し上げたいと思います。「子供のお尻を叩くことは、言うことを聞かない15ヶ月から6、7歳の子供に効果的な罰です。十代の子供には適当ではありません。侮辱的で副作用をもたらすことがあります。3回から5回位、強く叩くだけで十分です。子供が赦してほしいと泣き叫ぶまで叩いてはいけません。手の平や何か広いもので、お尻を叩いてください。ゲンコツで叩いたり、他の所を叩かないでください。その後、しばらく子供が一人になる時間を与え、そのあとで、話し合ってください。謝らせなければなりません。心から親に、また悪いことをした相手に、そして神に謝らせなければなりません。不従順は親だけではなく、神に対して犯す過ちであることを、はっきりと教えなければなりません。いったん謝ったら、受け入れてあげてください。むちを上手に使えば、子供を暴力的にすることはありません。もちろん、子供に身体的虐待を加えれば、情緒が破壊されて暴力的な子供になり得ます。しかし正しくむちを使えば、自制と従順を教えることができるのです。」(デイビット・クラック「子供養育戦争」より)それではまたお元気で、シャローム カルガリー日系人福音教会牧師 谷口洋一
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