| 言葉の散歩道 |
![]() |
|
ことばの散歩道 子育ては親育て その3 恐怖
先日、友人が「三丁目の夕日」という邦画のDVDを貸してくれました。第29回日本アカデミー賞最優秀賞12部門受賞!とケースに銘打ってあるものの、ストーリー自体は取り立てて言うほどの内容ではありませんでした。しかし、中年世代の私にとっては、セピア色になったアルバムを見る思いで、その映画を楽しみました。そこには、昭和33年(1958年)の東京下町に住む人々や子供たちの生活が再現されていました。当時、田舎の子供だった小生も、同じような生活だったので、懐かしさをおぼえました。この映画が受賞作品という点では、今の日本社会の非常にすさんだ世相とのギャップをかえりみて、昔は生活は貧しかったが良かったということなのでしょうか。 昔は良かったと言えば、大体、男の子は学校から帰るなり、ランドセルを玄関先に放り投げて、それこそカラス、カァと鳴いてお山に帰る夕方まで、家に帰らなかったものでした。子供は今も昔も、ちょっとこわい遊びやお話が大好きで、夏には夜を待って、お寺の裏のお墓で胆だめしをやったりしました。しかし、遊びのなかの怖さではなくて、子供の現実の生活の中に恐怖がある場合は、事態はまったく違います。 今回のドロシー・ロー・ノルトの「子供たちは、こうして生き方を学ぶ」という詩の3行目は、「恐怖の中で育った子供は、不安で落ち着かない子になる」というものです。「恐怖」は子供の自尊心を低め、将来のアダルト・チルドレンを形成する要因にもなります。例えば、親の死、離婚、虐待などは、子供に恐怖心と不安を与えます。また、親の口から出る否定的な言葉でさえ、どれ程、子供の不安をあおっているかということに、案外親は気づいていません。親が抱える恐怖や不安を、親自身がどのように取り扱うかによって、子供も自分の不安とどう取り組んだらよいかを学びます。親も人間として完全ではありません。自分の持つ問題を、恐怖や不安にかられずに、適切に対処する必要があります。そして、子供にもそれをわかりやすく説明し、子供の心から恐怖や不安を取り除いてあげましょう。 ある人が、聖書の中に何回くらい「恐れるな」という言葉があるかと、数えたそうです。そうしたら、365回あったそうです。神様は、嵐の中でカラスの子が鳴く声も、子供の流す涙の量も知っておられると聖書に書いてあります。神様は、一日に一回は、そして一年365日を通して私たちに「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と声をかけていてくださっているのです。 「たとい死の陰の谷を歩くことがあっても私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから」(聖書)それではまた、お元気で。シャローム。 (Peace be with you in Jesus) カルガリー日系人福音教会牧師 谷口洋一
|