| 言葉の散歩道 |
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ことばの散歩道 キリスト教は西洋の宗教? クリスチャン作家の三浦綾子さんの代表作のひとつに「塩狩峠」があります。その中で、代々、仏教徒の家で育った主人公の祖母にあたる人が、「邪教」であるキリスト教をののしる場面があります。日本には、ありがたい仏教や神道というものが元々あるのに、汚らわしいヤソ教なんぞを信ずるのはご先祖さまに申し訳ないというのです。しかし、事実はそう単純ではありません。1549年からのフランシスコ・ザビエルによる不況以前に、日本人の先祖の中に、キリスト教の血が脈々と流れていたのです。キリスト教は決して、遠くにありて思うものではありません。 さて、ここでキリスト教の流れを年代順にざっと見てみましょう。紀元33年のキリストの十字架と復活で始まったキリスト教は、全地の四方に伝わっていきました。52年にインド、61年に中国へ。中国では、景教として、キリスト教は635年から150年間栄えました。日本へは2つのルートでキリスト教が入りました。最初のルートは、古代キリスト教として、199年、中央アジアからクンユエ族により伝えられました。第2のルートは、景教として736年に中国から伝わっています。最初のルートである、中央アジアの小さなキリスト教国であったクンユエ(弓月)の王様が、はるばる日本にやって来た話は、日本の「新撰姓氏録」(9世紀)という古文書にあります。この王様が、日本の第14代天皇を公式訪問したと記されています。次の第15代天皇である応神天皇の御代になると、王様の子が18,670人の民を渡来させ、彼らは日本に帰化しました。この人たちは、「秦氏」(秦一族)と呼ばれています。このように、仏教が538年に日本に渡って来る以前に、キリスト教はすでに日本に入っていたのです。 このような下地があった上に、1549年ザビエルの布教が始まったのです。しかし、日本は1600年から250年間、キリシタン禁制の時代になります。当時の人口は約1千万人、そのうち、クリスチャンは3百万人。つまり、人口の30%がクリスチャンだったわけです。1%に満たない程だと言われる現在のクリスチャン人口と比べれば、すごい数ですよね。そしてそのうちの130万人のクリスチャンが殉教したという歴史を日本は持っているのです。実は日本は、ホロコースト(第2次世界大戦のヒットラーによるユダヤ人虐殺)級の殉教者を出すほどのキリスト教国だったのです。しかも、それは、キリスト教国の代表と言われているアメリカ建国の200年も前に起こっていたのです。あなたの先祖も、たどってみれば、キリスト教の殉教者だったかもしれませんよ。シャローム(Peace be with you.) Calgary Japanese Gospel Church 日本語部牧師 谷口洋一 |