| 言葉の散歩道 |
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鎌倉の大仏様も「はい、ポーズ!」 キリスト教国のアメリカ人やヨーロッパ人が京都に来れば、必ず、お寺などを観光しますよね。英語版の名所案内地図などを持ったりして。京都にも、教会はありますが、わざわざキリスト教関連の建物などを見てまわることは絶対にありません。しかし、京都や奈良など古都の地下深くに眠っている日本の歴史を掘り起こすならば、そこにはロマンあふれるキリスト教関連の聖遺物が隠されているのです。 今回は、そのひとつの京都の広降寺を観てみましょう。江戸時代のある儒学者が、この寺を見て、「寺という名はついているが、仏教の寺ではない」と言いました。仏教が538年、日本に伝えられる以前、東方キリスト教徒の王侯一族が日本に渡来、帰化して秦(はた)一族と呼ばれました。広降寺は、その秦氏が622年に聖徳太子から仏像をあずかり、建てたものです。のちに焼失したため再建されていますが、創建当初は窓がなく、大きな入り口が一つだけあって、黒い十字架がついていたそうです。広降寺は、別名を太秦(うずまさ)寺といい、名は地名にもなって今日も残っています。寺の創健者、秦河勝(はたのかわかつ)の名は、日本書紀にも出ており、その中で「ウズマサさまは神の中でも神だと大評判だ 常世の神々を打ちこらすほど霊験あらたかだから」という意味の和歌が記されています。「ウズマサ」とは学者のいわく、「秦氏が信じていた神の本尊名のことで、イエス・メシヤ(キリスト)を意味するアラム語がなまったものだ。アラム語は秦氏の故郷、中近東のシリヤの言葉で、東方キリスト教の中心地も、そこにあった。イエス・メシヤは東の方ではイズ・マシ(サ)となり、インド東部でユズ・マサと発音されるようになる」 もう一つ、広降寺と言えば、有名な弥勒菩薩(みろくぼさつ)像があります。ミロクとは、未来に現れて衆生(しゅじょう)を救うというもので、キリスト教的には、未来に再び地上に来られるキリストに似ています。アラム語のメシヤ(救世主という意味)が、インドでマイトレーヤになり、中国でミレフとなり、日本でミロクとなったとは、景教学者E.Aゴードン女史の話です。これは、中国に伝わったキリスト教の景教の教えが、仏教の中に入ったという推測もできます。 興味深いのは、弥勒像の指先のポーズです。中国のシルク・ロードにある敦煌(とんこう)で発見された景教の司教の壁画に、3つの十字架が描かれており、右手の親指と中指をくっつけて三角形を作り、他の3本の指は伸ばしています。3つの数や形はキリスト教の中心的な信仰である、父なる神と子なるキリストと聖霊は三者が同格の神で、しかも唯一であるという三位一体(さんみいったい)説を表現しています。この同じポーズを、何と、弥勒菩薩さんもしてはるんやねェ。人は見かけによらぬもの、いやいや、仏さんもそのようで、よく観たら、あの鎌倉の18mの大仏さんも、手の位置は違うけど、同じポーズを取っていますよ。古人いわく、「何ごとのおわしますかは知らねども、ただありがたさに涙こぼるる」シャローム(Peace be with you) Calgary Japanese Gospel Church 日本語部牧師 谷口 洋一
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