| 言葉の散歩道 |
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「敬遠」?それとも「感謝」? 中国の孔子という人は、「鬼神を敬して、これを遠ざく」と言い、このことについては語らなかったとされています。人間の霊魂が死後どこへ行くかとか、神仏などのことは人知ではわからないから、敬いはするものの、これに頼ったりはしないで遠ざけておくと。「敬遠」という言葉は、ここから来ているそうです。鬼神のことは、よくはわからないものの、昔から日本人も、自然の大きな力に対する畏敬の念のようなものは、強く抱いていました。日本のハイテク企業のビルの屋上にさえ、小さなお宮が置いてあったりして、悪いたたりが、こちらに出て来ないようにと、しめ縄を張ったりするのは、その名残でしょうか。また、朝な夕な、「いただきます」と、食事の時、言うことで、自然の恵みをいただいて生かされていることの感謝を表してきました。三度三度の食事は、今もって地球の上では当たり前ではないですよね。世界の1/4の人は栄養不良で、その中に死にそうな人もいます。1/3の人が安全な水も飲めません。 1620年9月6日のこと、メイフラワー号という船に乗ってアメリカに渡った人々がいました。男性78名、女性24名の人々でした。2ヶ月かかって大西洋を渡り、地図の上だけで知っていた新しい土地に到着しました。バージニア植民会社から提供された土地は、土地とは言えない、ただ広いだけの一面の荒地に過ぎませんでした。寒い冬が迫る中、木を切り倒して、丸太小屋の教会と家を建てました。堅い土地を掘り起こして農業を始めました。しかし、人々の大多数は都会人で、その苦労は大変なものでした。飢えと寒さと絶望のために、その冬の間に半数の人たちが死にました。やがて遅い春が来た時、冬の間に親しくなったインディアンたちが、トウモロコシ、エンドウ豆、小麦、大麦の種の蒔き方を教えてくれました。やがて秋となり、思った以上の収穫がありました。アメリカに来て、丁度一年経っていました。「われら たがやし 種をまけど、雪霜おくり 雨をそそぎ、日にて暖め 風を吹かせ、育てたもうは ただ神なり。よきものみな 神より来ぬ、ゆたけき恵みを ほめたたえよ。」― 賛美歌422番 人々は教会に集まり、感謝礼拝をささげ、丸太小屋の家に、インディアンの人たちを招いて、いっしょに感謝の食事をしました。1864年、リンカーン大統領は、11月の第4木曜日を感謝祭としました。カナダでは、10月の第2月曜日です。 日本人は自然崇拝や偶像崇拝を今もしています。目に見えるよいものを通して、存在そのものである方を知らず、作品を前にしても作者を知りません。Creationを見てもCreatorを知りません。「偶像は口があっても語れず、目があっても見えません。耳があっても聞こえず、その口には息がありません。これを造る者もこれに信頼する者もみな、これと同じです」(聖書) 三浦綾子さんは58歳の時、ヘルペスを発病、直腸癌を摘出しました。その時のことを、「北国日記」という本の中に書いています。「私たちに示す神の愛も限りがない。過酷な冬も美しい春も、みんな神が下さるのだ。苦難も喜びもみんな神のはからいの中にあるのだ。冬来たりなば春遠からじ。下血また感謝すべし。ガンをわずらったことは、やはり神の恵みだと思う。復活のキリストをあおいで歩むべし」 今日ひとつ、感謝することを探しましょう。シャローム(Peace be with you) Calgary Japanese Gospel Church 日本語部牧師 谷口洋一
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