| 言葉の散歩道 |
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ことばの散歩道 死を越える命 小学3年の娘の国語の教科書に、「ちいちゃんのかげおくり」(あまんきみこ作)という物語がのっていました。反戦の気持ちを、道端にひっそりと咲く小さな花のように描いていて、心に残りました。かげおくりとは、「いくさ」に行かなければならなくなったお父さんが、出征する前の日に、お母さんとお兄ちゃんとちいちゃんに教えてくれた遊びです。天気の良い日に、とお数える間、まばたきをしないで地面を見つめ、数え終わったら青い空を見ます。すると、そこに白い四つのかげぼうしが、すうっと空に上がるのです。「今日の記念写真だなあ」と言ってお父さんは、白いたすきを肩からかけ、日の丸のはたに見送られて列車に乗ります。このあと、家も町も空襲で焼け、幼いちいちゃんはひとりぼっちになってしまいます。飢えと孤独の中で息をひきとる直前、お父さんとお母さんの声が青い空からふってきて、かげおくりの遊びをします。お兄ちゃんの声も重なって、みんなでとお数え終わった時、青い空に、くっきりと白いかげが四つ。そのとき、「体がすうっとすきとおって、空にすいこまれていくのが分かりました。」この物語の結びは「それから何十年。町には、前よりもいっぱい家がたっています。ちいちゃんが一人でかげおくりをした所は、小さな公園になっています。青い空の下、今日も、お兄ちゃんやちいちゃんぐらいの子どもたちが、きらきらわらい声を上げて、遊んでいます」 今年は世界大戦後60年。と言っても、私は戦後生まれなので、直接の戦争を知りません。ニュースを聞いて、ああそうなんだと言うくらいです。しかし、戦争を体験された方々の記憶は、60年たっても無くなりはしないし、死んだ人は帰ってきません。そして、戦争は今も世界中で、どうしようもなく起きています。「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々にききんや地震が起こります。しかし、そのようなことはみな、産みの苦しみの初めなのです」と言われたキリストの言葉の只中に、世界は今、いるような気がします。 バタフライ・シンドロームという言葉を聞いたことがありますか。どういう使われ方をするのかは知りませんが、誰も知らない南米奥地のジャングルの中で、一匹の蝶が羽を一振り動かした。その波動が、静かに、しかし、次第にどんどん大きくなって、ある時、突然に、世界を巻き込むような状態に陥れる。絶対にそうはならないとは、誰にも言えません。すでに私達は、そのしるしを2001年ナインイレブンで見たのですから。 命こそ生きている喜びのあかしのはずなのに、その命さえも滅び去ります。私たちの時代は、死を越えて生きうるような命に出会わない限り、喜んで今を生きることはできないのではないかと思います。 イエスは言われた 「わたしは道であり、真理であり、命である。 わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」(聖書) シャローム(Peace be with you) Calgary Japanese Gospel Church 日本語部牧師 谷口洋一
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